ICU環境音でせん妄リスクをAI予測
米フロリダ大学の研究チームが、ICU内の環境音と光をセンサーで収集しAIでせん妄を予測する手法を開発した。非侵襲的な受動センシングのみでAUC0.80を達成し、病院経営の重要課題である在院日数短縮に直結する可能性がある。
米フロリダ大学の研究チームは、集中治療室(ICU)における環境音と照度データを用いた人工知能によるせん妄リスク予測モデルを開発し、論文を公開した。9つのICUで309名の患者データを収集し、複数の時間軸にわたってせん妄発症リスクを推定することに成功した。
せん妄はICU入室患者の約8割に発症するともいわれる重篤な急性脳機能障害であり、認知機能低下や意識混濁を引き起こす。発症すると人工呼吸器装着期間や在院日数が大幅に延長するほか、退院後も認知機能障害が残存するケースが多く、医療費の増大と患者予後の悪化を同時にもたらす。
従来のリスク評価は血液検査値や投薬記録などの臨床指標に依存してきたが、本研究では患者の体への侵襲を一切伴わない受動的センシング、すなわち室内の音圧レベルと光強度の時系列データのみを投入した点が革新的である。畳み込みニューラルネットワーク(CNN)を中心とした4種類の順序型ニューラルネットワークモデルを評価した結果、音データ単体および音と光の組み合わせモデルで識別能力を示すAUC(受信者動作特性曲線下面積)が0.80に達した。
SHAP(シャープレイ加法的説明)分析による特徴量重要度の解析では、音響特徴量が予測全体を支配していることが明らかになった。さらに、音と光を組み合わせたモデルはセンシング期間直後の短期予測(1週間未満)において最も高いリスクスコアを付与しており、早期介入のタイミングを特定する上で実用的な価値を持つ。
この研究がもたらすビジネスインパクトは病院経営の中枢に及ぶ。せん妄関連コストは米国だけで年間約1,640億ドルに上るとされており、日本においても高齢化に伴いICU長期入院患者は増加傾向にある。病院の経営管理部門にとって、在院日数(ALOS)の短縮は診療報酬の最適化と病床回転率の向上に直結するKPIである。本技術を導入することで、せん妄の早期予兆を検知し看護師や薬剤師が予防的介入を行うプロトコルを整備できれば、ICU在院日数を有意に削減できる可能性がある。
医療機器・ヘルスケアIT業界にとっては新たな市場機会を示すものでもある。センサー自体はマイクロフォンと照度センサーという汎用部品で構成されており、既存のICU設備への後付けが比較的容易である。医療情報システムベンダーは電子カルテ(EHR)との統合を前提としたリスクダッシュボード製品として商品化を検討できる段階にあり、看護師の業務効率化を示す指標である患者観察時間の削減にも貢献し得る。
今後の展望として、研究チームはこの受動センシングモデルを血液検査値や投薬データなどの既存の臨床指標と組み合わせたマルチモーダル予測システムへの統合を提唱している。保険会社にとっても、せん妄リスクの定量化は入院長期化リスクの引受審査モデルを精緻化する可能性があり、医療・保険の双方のセクターから注目が集まる研究成果といえる。規制面では、日本の薬機法および医療機器プログラム(SaMD)の承認要件への対応が実用化の鍵を握る。